子どもの「生きづらさ」を予防するHUB児童館。
文京区の現場が6年前に提案していた。
       〜それなのに、なぜ消えた?〜

9月下旬、柳町小学校の改築に伴い、約2,100㎡の新しい柳町児童館・育成室(学童保育)が誕生します。

改築前の柳町児童館は約454㎡。実に4倍を超える規模です。

4つの育成室のほか、図書室、工作室、プレイルーム、多目的室、静養室などが整備されます。

これだけ大きな児童館ができる。

私は、その可能性にとても期待しています。

ところが、これまでの検討経過を調べていくと、どうしても腑に落ちないことが出てきました。

実は6年前、文京区の現場の職員たちは、新しい柳町児童館を、子どもの「生きづらさ」の深刻化を予防する拠点にしようと考えていたのです。

その名も、

「HUB児童館」構想。

現場が考え抜いた「HUB児童館」

これは、机上でつくられた構想ではありません。

令和元年度から、児童館長や育成室職員などによるプロジェクトチーム(PT)が、改築後の柳町児童館・育成室のあり方を検討してきました。

そして令和2年11月、現場から「HUB児童館」という考え方が提言されました。

日々、子どもや保護者と向き合っている職員たちが、現状の課題を見て、肌で感じ、

「では、どうすればいいのか」

を考え抜いた末に出した提案です。

その内容は、今読み返しても、とても先進的です。

教育センターの心理士、子ども家庭支援センターや児童相談所の相談員などの専門職が、新柳町児童館に常駐してもらう。

子どもや保護者が、困りごとが深刻になってから、自分で役所や専門機関の窓口を探して回るのではありません。

いつも遊んでいる児童館。

いつも顔を合わせている職員。

その日常の延長線上で、

「ちょっと困っている」

「最近、少し元気がない」

そんな小さな変化に気づき、相談につながっていく。

PTの資料では、慣れた場所で自然な形で相談を始められることを「ソフトランディング」と表現し、「早期発見」「予防」への効果まで期待していました。

さらに、柳町だけではありません。

他の児童館や育成室で生じた相談についても、まず新柳町児童館につなぎ、常駐する相談員や心理士などが対応し、必要に応じて専門機関へつなぐ。

つまり、新柳町児童館を一つの児童館としてだけではなく、文京区の児童館・育成室を支えるセンター的な役割を持つHUBにしようとしていたのです。

「助けて」と言える環境を、社会の側がつくる

このHUB児童館の構想に貫かれているのは、問題が深刻になってから支援するのではなく、子どもの日常の中に、安心して人とつながれる環境をあらかじめつくっておく、という発想です。

子どもの困りごとは、一つだけとは限りません。

家庭の問題、障害、不登校、いじめ、虐待、孤立――。

問題が深刻になってから、「どこにつなぐか」を考えるだけでは十分ではありません。

大切なのは、

どうすれば、その手前で気づける環境をつくれるのか。

どうすれば、生きづらさを一人で抱え込まなくてすむ環境をつくれるのか。

そして、そのために必要なのは、子ども自身に、「困ったら相談しなさい」

「つらかったら助けを求めなさい」

と求めることだけではありません。

「助けて」と言えるかどうかを、子ども本人の力や自己責任にしてはいけない。

社会の側、大人の側が、助けを求めても大丈夫だと思える環境をつくる。

私は、ここにHUB児童館の大きな意味があると思います。

「助けて」の先に安心があった――その体験を子ども時代から

環境を整えるだけでなく、その環境の中で、子どもたち自身が実際に体験することも大切です。

困ったときに話したら、大人がきちんと耳を傾けてくれた。

否定されたり、叱られたりするのではなく、一緒に考えてくれた。

必要なときには、信頼できる人につないでくれた。

そして、少し安心できた。

そんな経験を重ねることで、

「困った」と言っていい。

「助けて」と言っていい。

助けを求めた先には、安心がある。

という感覚が育っていくのではないでしょうか。

これは、子どもに「助けを求める力」を訓練するということではありません。

助けを求めても大丈夫だと思える環境を、社会の側が保障することです。

そして、その環境の中で得た経験は、18歳になったら消えるものではありません。

若者になり、人生の中で大きな困難に直面したときにも、

「一人で抱え込まなくていい」

「誰かを頼っていい」

と思える。人への信頼感の土台になっていくのではないでしょうか。

これは理念だけの話ではありません

令和5年の課長報告を見ると、柳町でこうした機能を考える必要性は、数字にも表れています。

文京区の育成室の在籍児童は、2010年の1,147人から2022年には1,937人へ増加。要配慮児童も58人から119人へ増えています。

さらに2022年、在籍児童に占める要配慮児童の割合は、区全体では6.14%ですが、柳町育成室では16.67%、柳町第二育成室では12.50%でした。

柳町地域は、区平均を大きく上回っています。

子どもたちを取り巻く状況は、十数年前と同じではありません。

6年前より、むしろ「今」必要になっている

HUB児童館構想が示された令和2年から、社会も大きく変わりました。

こども基本法が制定・施行され、子どもの最善の利益や意見表明が、これまで以上に重視されるようになりました。

障害のある子どもへの合理的配慮も、より明確に求められる時代になっています。

そして文京区自身も児童相談所を整備しました。

令和5年の課長報告でも、自殺、不登校、いじめ、児童虐待など、子どもを取り巻く厳しい状況を挙げたうえで、改築後の柳町児童館について、子どもの「居場所づくり」や、身近な子育て相談・支援の拠点としての役割を担う方向が示されています。

心理士を配置して巡回の拠点とすることや、まず身近な児童館が保護者と関わり、必要に応じて教育センターや子ども家庭支援センターなどにつなぐことまで検討されていました。

つまり、6年前に現場が描いた方向性は古くなったどころか、

時代の方が「HUB児童館」の考え方に近づいてきた

とも言えるのではないでしょうか。

ところが――。

当初描かれたHUB児童館は、十分な形では実現していません。

なぜ「公設公営2・公設民営2」なのか

新しい柳町児童館には、4つの育成室が整備されます。

新柳町児童館内に設置する育成室は、いずれも「公設」ですが、運営は、

公設公営2室+公設民営2室となります。

プロジェクトチームでは、公営と民営が同じ施設で運営する場合の課題も、かなり具体的に検討されていました。

公営と民営では指揮命令系統が異なるため、情報共有や打ち合わせ、個人情報の管理などにも課題が生じます。

そして、もう一つ、見過ごせない指摘があります。

「民間育成室職員は、職員の入代りが激しい」

という現場からの指摘です。

これは単なる「雇用」の問題ではないと思います。

問題は、公営か民営かという二者択一ではありません。子どもと信頼関係を積み重ねられる職員体制を、どう保障するのかです。

育成室や児童館は、子どもが毎日のように過ごす場所です。

「昨日の自分を知っている」

「この前困っていたことを覚えていてくれる」

「この人なら話しても大丈夫」

そう思える大人との関係は、一日でできるものではありません。

同じ大人と日々関わり、時間をかけて関係を積み重ねることが、子どもの安心や人への信頼感につながります。

だからこそ、職員が安定して働き続けられる環境をつくることも、子どもの育つ環境を整えることの一部ではないでしょうか。

4つとも、子どもにとっては同じ文京区の育成室です。

運営主体の違いによって、子どもが受ける支援の水準だけでなく、信頼できる大人との関係の継続性にまで差が生じてよいのでしょうか。

私は、ここも「子どもにとって何が一番よいのか」という視点から改めて考える必要があると思います。

背景にあった、十数年前の「行革

調べていくと、一つの方針に行き着きました。

平成24年3月に文京区が策定した「行財政改革推進計画」です。

そこには、

「新たに開設する児童館及び育成室については、民間活力を活用する」

という方針が示されています。

私の取材では、この方針が、新しい柳町の4つの育成室を「公設公営2室+公設民営2室」とする背景にあることがわかりました。

しかし、この行革計画は平成24年度から28年度までの計画です。

あれから十数年。

法律も変わりました。

子どもを取り巻く状況も変わりました。

必要とされる支援も変わりました。

私が問題にしているのは、「民営だからだめ」ということではありません。

子どもを取り巻く環境がこれだけ変わった今も、十数年前の行革方針を前提に、運営のあり方を決め続けてよいのか、ということです。

そして、もう一つ。

現場が考え抜いた提案を、文京区はどう受け止めたのでしょうか。

日々、子どもたちと接し、現状の課題を肌で感じ、「どうすればいいのか」と考え抜いた現場から、HUB児童館という提案が出された。

それにもかかわらず、その提案が十分に政策へ生かされなかった。

現場が考え抜いた提案よりも、十数年前に決めた行革方針が優先されたのだとすれば、それで本当に子どもにとって最善だったのでしょうか。

私は、ここがどうしても腑に落ちません。

人件費は「コスト」なのか、「社会投資」なのか

新柳町児童館のPTでは、児童館だけでなく、4つの育成室についても公設公営とすることが提案されていました。

公設公営4室にすれば、当然、人件費はかかります。

でも、そこで議論を終わらせてよいのでしょうか。

人件費を、単年度の「コスト」としてだけ見るのか。

それとも、子どもの人生への「社会投資」として見るのか。

私は、ここを問いたいと思います。

子どもの生きづらさが深刻になってから支援する。

孤立してから居場所を探す。

「助けて」と言えなくなるほど追い込まれてから、専門機関につなぐ。

そうなる前に、日常の中に安心できる居場所と信頼できる大人がいる。

そのために人を配置する。

そのためにお金を使う。

それは「余裕があればやるサービス」ではありません。

子どもが人を信頼する。

「助けて」と言っても大丈夫だと体験する。

助けを求めた先に安心があることを知る。

その経験は、その子が18歳になったら消えるものではありません。

その後の人生で困難に直面したときにも、その人を支える土台になります。

だからこそ私は、子どもが幼いうちから環境を整えることに人とお金を使うことは、

人への先行投資であり、未来への社会投資

だと考えます。

一度決めた計画は、変えられないのでしょうか

行政に計画は必要です。

民間の力を活用することも必要です。

でも、一度決めた方針を守ること自体が目的になってはいけないと思います。

制度が変われば、見直す。

社会が変われば、見直す。

子どもたちを取り巻く状況が変われば、なおさら見直す。

そして何より、現場で長年、子どもや保護者と向き合ってきた職員から、より良い提案が出てきたのなら、それを政策に生かす。

計画に現場を合わせるのではなく、現場の変化を見て計画を見直す。

それが行政に必要な柔軟性ではないでしょうか。

6年前の「HUB児童館」を、今からでも

約2,100㎡。文京区の既存の児童館と比べても突出した規模の施設が、この秋、誕生します。

だから私は、「HUB児童館は実現しなかった」で終わらせたくありません。

運営形態がすでに決まっているとしても、HUB児童館の理念まで手放す必要はありません。

児童館、育成室、教育、福祉、子ども家庭支援、児童相談所などが縦割りを越えてつながる。

そして何より、

「助けて」と言えるかどうかを、子ども本人の責任にしない。

助けを求めた先には、自分を受け止め、一緒に考えてくれる人がいる

そんな経験のできる環境を、社会の側がつくる。

6年前、現場の職員たちが、子どもたちと日々向き合う中から描いた「HUB児童館」。

今からでも、その理念を新しい柳町児童館に生かすことはできるはずです。

私は、改めて文京区に問い、実現を求めていきます。

子どもの「生きづらさ」を予防するHUB児童館 文京区の現場が6年前に提案していた。それなのに、なぜ消えた?
子どもの「生きづらさ」を予防するHUB児童館
文京区の現場が6年前に提案していた。それなのに、なぜ消えた?

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