文京区教育指針(素案)教育目標が示す「子ども像」に違和感~多様な子どもたちを見据えているか!?

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  • 心身ともに健やかで、自他を尊重し、人間性豊かにたくましく生きる人
  • 自ら学び考え、表現し行動する人
  • 社会の一員として広い視野をもち、日本の将来を担う人
  • 地域を愛し、共に生きる社会を築く人

 

上記は、文京区教育委員会が教育の施策全体の方向性を示す「教育指針(素案)」で示した「教育目標」です。これは、文京区教育委員会が目指す「子ども像」を示しています。

どんな子どもに育てたいかは、どんな社会を作りたいかに直結するものであり、であれば、教育委員会や学校だけの目標ではなく、私たち社会全体で共通目標とすべきものだと思います。そういう意味では、子育て世代に限らず、全ての人が部外者ではありません。

 

文京区教育指針(素案)

文京区教育指針(素案)

文京区教育指針(素案) 
https://www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0189/3897/sisin_soan.pdf

 

 

この教育目標に対して、私は、違和感を覚えます。

言葉によって、排除されたという思いを持つ人がないように、想像の射程を伸ばし広げた上で作成した目標なのかという点です。

 

「心身とも」というのは、まさに「心も身(身体)も」という意味です。「心身ともに健やか」とは、「心も身体も丈夫で元気なさま」を示す言葉です。

皆さんは、こうした目標をどう感じられますか。

 

もちろん「心身ともに健やかであったほしい」という願いは、どなたにもあるかと思います。ですが、心も身体も健やかであるときばかりではありません。

障害や難病のある子どももいます。「心も身体も丈夫で元気」とは言えない子どもたちです。そうした子ども自身や家族が、「心身ともに健やかで」という子ども像を目標に掲げられたときに、どう感じるでしょうか。知的障害のある我が子に引き寄せて考えると、私は「わが子は対象から外されているんだな」と悲しくなります。

 

今の時代、事業主が求人募集する際にも「心身ともに健やかな方」という条件を記すことがなくなっている方向です。厚生労働省は以下のように説明しています。

 

◆厚生労働省:障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A

 

厚労省障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮Q&A

厚生労働省:障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A 
https://tinyurl.com/kouroushou-gouritekihairyo

 

この考え方は、文京区の教育委員会も持つべきだと考えます。

みなさんは、どのように感じますか?

 

目標にある、「日本の将来を担う人」・・・ここにも違和感を持ちました。

まるで「グローバルリーダー」の育成を掲げる私立学校が書いているように感じられます。どんな子どもも受け入れる「公教育」が示す目標に「日本の将来を担う・・・」という文言が必要でしょうか。近年は、区内でも外国籍の子どもが増えています。日本国籍でない子どもたちもまた、文京区立小中学校で教育を受けています。そうした子どもたちを想定しての目標設定か疑問すら感じます。

 

文京区は、多様性を尊重し、すべての人の人権が尊重される「持続可能で豊かな地域社会の構築」を目指しています。さらには、SDGsの理念「誰ひとり取り残さない」社会の実現を目指しています。どんな子どもでも受け入れ、個々を尊重して学習の機会を保障する「公教育」の目標として、ふさわしいものだとは思えません。

 

また、日本の将来を担う人」という言葉は、「日本の将来に役立て」と言われているようにも聞こえます。今年問題になった「役に立つ人=生産性の高い人」「生産性の低い人に価値はない」というとても恐ろしい考え方さえ連想してしまいます。国を担う人とは、いったいどのような人材を想定しているのでしょうか?

 

もちろん、文京区に人の価値を生産性で計るような考えはないと思います。「文の京総合戦略(素案)」では、「人権と多様性を尊重する社会の実現」という基本政策を掲げていますので。

しかし残念ながら、教育指針の中には、この「人権と多様性を尊重する社会の実現」という視点は見当たりません。「日本の将来を担う人」ではなく、「”人権と多様性を尊重する社会の実現”を担う人」という理想像ならば、文京区が実現を目指す理想の社会とも整合性があり、合点がいくと感じるのは私だけでしょうか。

 

文京区:「文の京」総合戦略(令和2年度~令和5年度)(素案)

基本政策4

「文の京」総合戦略~基本政策

「文の京」総合戦略(令和2年度~令和5年度)(素案) 
https://www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0188/7351/fuminomiyako-sogo-strategy-soan.pdf

 

そもそも、教育目標で示された「子ども像」は、子ども自身が目指す目標ではありません。

教育指針(素案)の「視点1~4」に書かれているように、学校・教育委員会・家庭・地域…つまり社会全体で目指す共通目標です。社会の様々な主体が、それぞれに「どうしたら実現できるか」を考えて実行していく必要があります。

社会全体で「こんな子どもを育てよう」というのは、「こんな社会にしよう」という意味での「合意形成」に他なりません。だからこそ、区が教育目標として示す文言には大きな責任が伴います。「人権と多様性を尊重する社会」という視点を欠いた目標を掲げたなら、社会全体でそういう社会を目指しましょう、という「ミスリード」になってしまうからです。文京区が実現を目指す社会とも矛盾します。

 

子どもが希望を持って生きていくために、身に付けさせたい「ちから」を、私なりにあげてみます・・・

  • 自分を愛し信じ、見捨てないちから
  • 困った時、助けてもらいたい時に、人に尋ねたり頼ったり、できるちから
  • 人への信頼を持ち、気持ちの立て直しを図れちから

 

子どもは家庭を選べません。どの子どもも、生まれ育った環境によらず、こうした「ちから」を身に付けられるかどうかは、寄り添われ、共感され、支援・配慮を届けてもらえたと実感できる体験の有無が大きく影響すると思うのです。どのような大人に出会うかでも大きな違いが生じるでしょう。

子どもが「~したい」という望みを抱いたときに、「達成できる」とその望みを失わずにいられる新年となるように、引き続き、子どもの周りにいる教員、支援者等の大人を含めた教育環境の整備・拡充等々に力を尽くしていきます。

 

この一年もまた、拙い文章にお付き合いいただき、共に考えていただきありがとうございました。

新年も、様々な課題やご意見を教えてください。頂いたご意見を参考にさせていただき、制度・施策に活かしていくように努めてまいります。 どうぞよろしくお願いします。

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